水インタビューvol.2(流域水循環)
日本水フォーラム代表理事
竹村公太郎さん
インタビューアー:濱武英さん(熊本大学自然科学科准教授)
我が国では、水の恵みを享受し続けるため、水循環基本法が平成26年に施行され、その翌年には水循環基本計画が策定されました。そして、平成28年度からは、「流域水循環計画」に適合している各地域(流域)の計画を国が認定し、全国的に流域マネジメントを推進する取り組みが進められています。
水インタビュー第2弾は、今なぜ「流域」にフォーカスする必要があるのか? 竹村公太郎さんに大局的な見地から伺ってみました。そこには、考えを巡らせて行きついた一つのキーワードがありました。
聞き手は、流域水循環計画のモデル地域に認定されている熊本地域において、水循環解析など取組を進めている濱武英さんにお願いしました。
濱:ご存知の通り、流域マネジメントの全国への展開が行われつつあります。竹村さんは、長く河川行政に身を置かれ、水の安全保障の議論や水問題の解決に向けた活動に深く関ってこられました。また、歴史を地理・気象からひも解いていくなど、様々な視点から水と人との関わりを見てこられたと思います。そこで今日は、流域と水循環について、竹村さんの考え方や想いについてじっくり伺いたいと思います。
まずは、竹村さんが「流域」をどう認識しているのか伺いたいと思います。昨年の水の日に開催された式典(水を考えるつどい:8月1日開催)では、「流域社会の崩壊と再生」と題して講演されています。一体、どういうことなのでしょうか?
竹村:まず、これを見てください。流域で分けた日本地図です。平和な江戸時代は、各大名が流域に封じられていました。戦国時代は尾根から出て行く戦いだったけど、江戸時代、領地は拡大してはいけないと。つまり、尾根から出てはいけない。ただし、流域の中では何をしてもいいということで、江戸時代に流域の中を各大名が開発しました。
濱:改めて見ると、大きな都市は大きな流域に依存していますね。福岡など例外もありますが。
竹村:ざっとお話すると、外へ膨張する日本人の力は、流域内の国土開発に向かいました。これは、徳島県の那賀川ですが、一級河川の区間を地質調査で一皮むいたらヤマタノオロチが現れた。
つまり、ヤマタノオロチを強引に一本の川におしこめたわけです。戦国時代はこういう形だった(下図:網目状流路)。戦国時代に整備してしまうと他の大名に奪われてしまうから手つかずの自然状態のままでした。
黒部川、八代平野(球磨川)、広島でもそうだし、北陸の手取川もすごい網目の流路がありました。大名は、その洪水を一つの川におしこめて、手取川では残ったヤマタノオロチを農業用水の取水に使いました。それは、七ヶ用水と言って今でもあります。
江戸時代は、耕地面積と人口が一気に伸びます。江戸の平和な時に日本の国土開発がなされたことが見事にわかる。堤防も99.9%は江戸時代に作っています。荒川放水路とか、明治で作ったのは僅か。江戸時代は流域社会だったのです。
那賀川流域水害地形分類図
(出典:国土交通省四国地方整備局)
竹村:しかし、明治5年(1872年)に鉄道ができて、それが流域を横断するようになりました。流域に住んでいた人たちの目の前に蒸気機関が走り抜けた。長男坊以外は蒸気機関に飛び乗って東京に行ってしまったわけです。
近代というのは、流域の崩壊だと思っています。流域が崩壊することによって、東京に人が集まって国民国家ができた。あのまま流域の中に各藩がいたら、権力分散国家になっていたでしょう。国民国家になるために一度は、東京に人々が集中する必要があったのだけれども、今は逆に集中しすぎてしまいました。
今は人口が、2008年をピークに下がりかけているのだけど、近代はあまりにも急激に膨張しました。日本の歴史の中でも、二度とこのようなことはないだろうし、世界を見てもここまで短期間に、ここまで膨張するなんてまずないと思うのです。今、途上国が膨張しているといっても、こんな風にはならないと思いますね。3000万人が1億2000万人になってしまったのですから。100年ちょっとで。
竹村:そこで、何が起こったか? 何が苦しかったか? それは、激しい膨張圧力への対応だったのです。電気、住宅、水道、全てが足りなかった。だから僕たち土木屋は、膨張に対する、圧力に対する対応策が得意になりました。そういうことで、近代が進んできた。結局それは、膨張に対する圧力だから、効率的に対応することを一番大事にしてきました。僕の時代はね。
1人あたり、単位面積あたり、単位時間あたりの生産性を高めることが必要でした。つまりそれは、大量生産であり、都市集中であり、エネルギーを使ってスピードをあげることでした。
大量生産となると、画一性で多様性がなくなっていく。都市集中では、地方が衰退していく。やっぱり多様性がなくなっていく。スピードをあげることで、自然の時間軸で行われる地域産業の多様性を失う方向だった。そして今は、国土が崩壊の危機にあると思う。
濱:なるほど、流域社会の崩壊とはそういう意味ですか。今、国土が崩壊の危機にあると言われましたが、では我々はこれからどうしていくべきでしょうか?
竹村:これからは、近代の反対ではないかと思いますね。考えをまとめてみるとこんな感じです。画一性は多様性で、集中は分散型で、スピードはスローで。自然破壊から自然の恩恵を受けるような社会。それは何かというと、農業・水産業・林業です。さらには、それらに根差した観光やサービスですね。
竹村:これが未来の日本の売りだと僕は思っています。だから、その自然の恵みを享受するために、流域のマネジメントが重要になります。
生産性をあげよう、もっと成長しようというのは限界がと思っていて、マーケットは日本の中ではもう拡大しない、海外でしか広がらない。モノを作るのは海外になってしまう。
マーケット広げようと、過去の前提で何かやろうとしても失敗してしまう。最近でも、企業の問題がいろいろとあったけれども、みんな、マーケットが広がる前提で問題が起こった。これを見つめないことには、日本の国土のありようは出てこない。
すると結局、付加価値の高い国土にするしかない。量より質でね。最近の調査では、日本では7割くらいの人が今の生活に満足しているという話があるけれども、信じられないというか、欲しいモノがそんなにない、車もいらない、それよりもスマホの方が大事だとなっている。
本当にモノを欲しがらない、成熟社会になった。そこで、次に何をしなくてはならないかを考えていかなくてはならない。それは、過去の膨張の延長でやっていたらダメで、近代の膨張の原点は流域を崩壊させたことだから、逆にいうと流域の再生なのだと思う。流域社会で、付加価値の高い生活形態を探していこうよと。
竹村:要するに、多様性があり、分散型で、スローで自然の恩恵を受けていく社会です。だから、水循環基本法というのはとても大事だと思いますね。人々が豊かになって生活するのは、都会ではなくて地方における流域になるわけです。もっとも、流域という概念にこだわらなくてもいいのだけど、地方における一つのまとまり、アイデンティティー、それはどうしても「川」になる。みんな、ふるさとに帰ってきたと感じるのは、川を見てそう感じる。
濱:そうですね。僕も淀川と生駒山を見て大阪に帰ってきたなと思いますね。
竹村:駅前を見て、帰ってきたと少し思うかもしれないけど、やはり川とか山だよね。故郷のアイデンティティーは。
濱:確かに。山を見て、川を見て、ああ帰ってきたなと思いますね。逆に、東京に田舎から出てきた人はみんな、「山が見えない」と言います。富士山が遠くに見えるくらいで、見えないから不安になると。
竹村:だから、これから日本人が豊かに生活していく鍵の一つが「流域」だと僕は思っていて、これは、僕が川屋だから言うのではなくて、川という地域の、ふるさとのアイデンティティーが今でもあるので、それを中心とした人々のコミュニケーションをとろうよと。土木的な世界ではなくて、流域で、川で、一つの文化、アイデンティティーを持っていこうと。
具体的には、僕はまず防災上のコミュニケーションをとるのがいいと思っています。水循環の話では、あまり防災のことが出てこないような気がするけれども。渇水は年中起こるわけではないから、普段から水循環について考えるために集まっている人同士の密なコミュニケーションの中で防災も考えないといけないと思う。防災は毎年だから。あそこの家の2階にはおばあさんが寝ている、そういったことが分かるレベルでね。そしてみんなが、低平地に住む日本人の宿命みたいなことを理解しあうことが大事だね。ちょっと話がそれるかもしれないけど。
竹村:企業の話に触れたけれども、今はCDP(Carbon Disclosure Project)というのがあって、企業がどれだけ温室効果ガスを排出しているかオープンにしていく取り組みだけど、更にその「水版」もできている。
自分の会社がどの程度水を使って、どの程度綺麗にして出しているよとか、そういったことを理解しないといけない。その前に、自分のたちがどの程度水害の危険性にさらされているのかとか、そういったリスクを把握しようというわけだ。
CDPで高い評価を受けると、海外の機関投資家によってその企業の株が高くなる。なぜかというと、単なる膨張企業ではない、ただモノを売るだけの会社ではなくて、「持続可能性」を考えているとなる。持続可能にするにはどうしたら良いか? みんなから支えられなくては、企業も持続可能にはならない。100の利益があったところを70にしてもいいと。でも、持続可能な企業にしようと。そういう方向になっている。100のところを130にしようということではない時代ではなくなりつつある。
人々にどうやって支えられて、持続可能になるのか。企業の一番の大事なことは、人を雇う、雇用の場。持続可能でなければ、その責任を果たせない。いきなりいなくなったらかなわない。雇用を犠牲にするのは無責任になってしまう。
濱:日本は、世界の中でも古い企業が多いですよね。かつては、京都に行けば400年続いていても「若いね」と言われたりして、持続可能というのは当たり前でしたが、当たり前に続くと思われた企業が倒産するような状態になって、改めて「持続可能性」について感じることがありますね。
竹村:これからは、流域の中で人々が企業を支えていく、そういう概念になっていく。企業だけがあるのではなくて、流域の人みんなが支えて、それがグローバルな企業であっても流域の人が支えていくと。そう言ったら持続可能性は強いよね。そういう新しい概念の、地域と企業のあり方が大になる。企業は圧倒的に大切なセクターだから。何しろ人々を雇用してくれる。
CSRという考え方もあるけれども、それは一方的で持続可能ではない。いいものを作りたい、付加価値をつけたいとすれば、企業が流域の中で持続可能になるにはどうしたら良いかを考える、自然とそういう方向性にいくというのが僕の最近の考えです。
まだうまくまとまっていないのだけれども、巡り巡って結局、「持続可能性」という言葉に行き着いた。持続可能性というのは言い古された言葉だと思っていたけど、やはり大切な言葉だ。やっと最近、それがリアルにわかってきた。
濱:企業と流域がくっつくというのが特徴的ですね。今まで企業、工場とかに代表されるものというと、完全に自然条件から隔離されて、常に同じ時間、同じ生産性、コンスタントにできるのが企業だったと思うのですけれど、それが流域を意識しはじめるというのは・・・ どう表現したら良いのかわからないですけれども。
竹村:今の濱さんのイメージは、大量生産のイメージ。安く、売れるやつをうんと作ろうという概念だよね。
濱:流域は気にせず、どこでも工場をたててしまえば、そこが企業になるっていう、極端な話、富士山の樹海でもそこを切り開いて工場を立てればそこが企業になるというのが昔だったと思います。立地条件を考えて、流域があって企業という風に変わっていくと。そうして、流域の中で社会の付加価値が高まっていくわけですね。
濱:私がいる熊本ですが、熊本は今、広域的に進めている水循環の保全計画が国の「流域水循環計画」に認定され、そのモデル調査地域として地下水に着眼した水循環の解析やその保全に取り組んでいます。竹村さんは、持続可能性の観点から、これまで熊本の取組についてどう思われますか?
竹村:熊本県には、地下水保全条例があります。地下水の、行政的というか社会的制度の問題をどうするか? それは、熊本県の条例を発信していくことが、その他の地域、流域の持続可能性を考える上でとっても役に立ちます。
条例の成り立ち、構成、誰がエンジン(推進役)なのか、地域住民との合意形成はどうしたのか、なぜ条例ができたのか・・・ 実は、条例は農家を縛っています。だから、信じられないくらい良くやった! という気持ちを持っています。これまでどういう摩擦があったか、そして、どう地域の人々を巻き込んでいったのか是非まとめて欲しい。
本当に、世界でオンリーワンの条例ではないだろうか。熊本市の水道が100%地下水だということもあるのだろうけど、それが明示化されていれば、硝酸態窒素を減らそうとか、農家の人も納得する訳だ。
竹村:水循環解析をしているという話があったけれども、解析をして、どのあたりに地下水がありそうだと分かっても、実際にそれを確かめるにはボーリングをしないといけない。ボーリングは、大きなコストがかかるので、実際に水が出てこないと大きなロスになる。
しかし今は、地表からピンポイトで地下水を見つける技術がある。電極を地面に刺して比抵抗を測定する、つまりは従来と同じ電気探査なのだけれども、その解析によってピンポイントで地下水を見つけてしまう技術が開発されています。
僕は、マレーシアで実際それをやってみたのだけれども、本当に地下水が出てきた。自分たちの足元にこんな地下水があるなんて知らなかったのに、たった1回のボーリングで地下水が見つかった。これは、世界中で使える技術です。
竹村:しかし、そのような精度の良い探査技術があっても、地下水を持続可能に使っていくには、土地の持ち主イコール地下水の持ち主であるという概念をもう少し広げていかないといけない。土地に生えている樹木はオーナーのものかもしれないが、地下を流れている水はそうではなくて、パブリックなものではないか? そういったことを地域の人々にどう分かってもらうかが課題になる。そこで、水循環の情報をビジュアル化して提示することが重要になります。
例えば、水循環の解析結果にしても、縦横高さに時間軸を入れて、つまり4Dの動画で意思決定者に見せると喜びます。専門家ではなくても、流域の水循環がどうなっているのか自分で理解できるからね。
科学的な解析結果だけを見せても、普通は専門的すぎてわからない。4Dの画面は、学術的な調査や研究には役に立たないかもしれないけれども、意思決定者がみると地下水がこうなっていると理解できる。コストはかかるかもしれないけれども、すごく意味のあることです。
マレーシアの例を話したけれども、インドでは井戸を深く掘りすぎて地下水位が低下しているし、インドネシアではデルタで灌漑用水を汲み過ぎて地盤沈下が問題になっている。そういったことにならないように、可視化された情報を、意思決定者や地域の人々に提示して、水を持続可能に使い、流域を保全しようと呼びかけることが効果的なわけです。
そして、日本の熊本には、こんなに素晴らしい条例や取組があるぞと。それを発信していけば、世界中から熊本に勉強しにくるよ。
濱:そんな恵まれたところにいるなんて気がついていませんでした。
竹村:もちろん、国内の他の流域にとってもモデルケースになるので、いろんな人にインタビューして、地下水保全条例の成り立ちをまとめてくれたらいいと思いますね。熊本では、核になる、流域マネジメントのエンジン(推進役)になった人がいて、そういう人たちをきっかけにネットワークができているはず。地下水財団もできているしね。
濱:一人一人が流域を意識し、水循環の持続可能性を考えて日々の生活を過ごすことはなかなか大変ですが、水資源の現状にしても、河川や地下水の流動にしても、モデル化や可視化技術を通じて分かりやすく市民の皆さんに伝えることで次第に理解が深まり、水循環と調和した社会制度の整備も進んでいくように思います。今日はとても勉強になりました。ありがとうございました。
関連サイト:水循環政策本部(流域水循環計画等)
図:ピンポイント地下水探査イメージ・マレーシアにおける確認結果
関東の地下水網
提供:(公財)リバーフロント研究所
製作:地圏環境テクノロジー